クオリアクオリア

未知なる感覚質を求めてー。

【HNL-ハワイ】社会的偏差値0の男たちが一年で誰でもいつでも使えるお家を一年で作ってしまった話。

今、圭吾さんと保科さんとハワイに来ている。初日の夜はホテルで過ごす。真夏の太陽が照りつける今日の昼間、ハワイ在住のNさんからワイキキビーチまで車で送ってもらう幸運に早速恵まれた。時差ボケの微睡みを解消するべく小一時間、パンツ一丁砂浜で眠りこけたら日焼けが半端でない。一気に体力を消耗した。でも、適度な疲れは人生を豊かにしてくれる。明日また疲れるために、今日の疲れを今日癒し、明日また疲れたいなと思う。ということで、今夜は部屋の隅にある長めのソファで快眠を狙う。
 
今回のハワイでの目的は横浜にある『ごちゃまぜの家』の第二号として、誰でもいつでも使えるお家をハワイに作ることだ。なぜそうすることなったのか。きっかけはおよそ一ヶ月前、親愛なる坂爪圭吾さんから「今回は一人の力ではなくチームの力を存分に使って実現したいからちーむぜろの二人に手伝って欲しい!」とお達しをいただいたことで、僕たちはそのグループメッセージに「かしこまりました!」と即座に返信をした。
 
 
 
 
 
 
勢いよく言ったっものの、いつもの通り、何か手立てがあるわけではない。ぼくたちはぜろからのスタートをきらなければならない。でも、それがいつもの通り、なのだから仕方がない。そういう性分なのである。嘉向徹、27歳。気ままなフリーター。趣味、おべんきょう。座右の銘は、朝に道を聞かば、夕べ死すとも可なり。目下人生べんきょう中。べんきょうべんきょう!!
 
と、いうことで保科さんは企画の準備を、僕は動画やホームページの準備を始める。数々の話し合いを重ねながら約一ヶ月の間に飛行機代や現地での滞在費をなんとかするぜー、と右往左往奔走した結果…保科さんと合わせてハワイ滞在費10万円+航空券4/9〜23をゲットする(みなさま本当にありがとうございます!)ことができ、
 
そして、このようなホームページや動画企画が生まれた。
 
 
 
・website『ビリギャル男〜社会的偏差値0の男たちが一年で誰でもいつでも使えるお家を一年で作ってしまった話〜』この物語を作ることが今回の命題となる。
 
・一日一本あげる動画まとめ
今現在、電波を探して少しずつアップロードしております。。。
 
・ビリギャル男 in ハワイ 打ち合わせ!
こちらは主に保科さんと徹がゼロから本企画について打ち合わせをしていく風景をそのまま残したラジオになります。やすみ時間にどうぞ☆彡
 
 
 
 
勇気が出る番組

【NGT-新潟】美しく怒れ。

親愛なる圭吾さんから「いまハワイへの飛行機がキャンペーン中です!」とメッセージをいただく。驚いた。ワイハーには一度も行ったことがない。というか想像したこともなかった。自宅前の雪原を見つめながら、ハワイに現を抜かす平日の昼下がりである。

 

f:id:team-0:20180218184852j:plain

 

 犬は自分の周りにいる人間の上下関係や立ち振る舞いをよく見ていて、相手によって自分の態度を変えるらしい。どこで知ったか知らないが、14歳の少年と会う前のぼくはこのようなことを考え「ふむふむ...ということは少年も、俺の一挙手一投足を観察してきて然るべきでござる!」と盲信した。2017年のクリスマスイブ、少年を出迎えた羽田空港からいざ出陣、渋谷駅ハチ公前に直行し、FREEビンタなる関所を設置。これが彼への自己紹介代わりにと計画された計画である。彼がどう思ったのかの伏線は回収いたしません!

 

それではここで、『FREEビンタ計画(女人限定)』の中身を共有させていただきたい所存。

 

 羽田空港を出てそのままの足で渋谷駅前に行く。ここぞとばかりに幸せオーラを放つ雑踏の中、たぶん100人にひとりくらいはイブの予定をドタキャンされて怒り狂う。怒りを愚痴るため友達に電話をしたりするも繋がらない。友達は「ごめ〜ん、今彼氏といる」とラインしてくる。これを99回繰り返す。そう、自分(100人にひとり)を除いて約束どおりにイブを過ごす人々は目の前の恋に無我夢中抱腹絶倒なのだ。そのような経緯を辿り、幸せに溢れる街にて怒りは行き場を失ってしまう。ぼくたちはその路上でFREEビンタなるものを開催する。それは、相手とぼくとの間で怒りを出してもOKという風潮を生じさせるためだ。空気がうまく醸成されれば、街に溜まった怒りは徹の頬に収束する。人々の怒りは頬の痛みにチェンジし、頬の痛みが徹の体内でエネルギー変換され「良いお年を〜 with スマイルボイス」になって相手の鼓膜を揺らす。結果、頬の痛み以外はいい感じになる。

 

 このような仮定のもと実際にやってみたところ「別に怒ってないけどビンタしてみたい!」という方々がほとんどで、それはそれで平和で微笑ましかったのでよしとしたい。

 

「なぜビンタしたいと思ったのですか?」というインタビューを欠かさなかった実際の様子はこちらの動画です。

 Special thanks 保科Boy & hidev-O

 

 蓋をすれば、何かしら別の形で出てしまうのが感情だ。過去に500円くらいで参加できるセミナーに参加しまくっていた頃に、感情と真逆のことをするとトラウマの原因になると聞いた。例えば道で転んでしまった時、本当は痛いのに道行く人の面前だからといって痛くないフリをする。すると身体の中では、車でいうところのアクセルとブレーキを同時に踏み込んでいるような状態が起こる。これを回避するには、痛い時に「いってえええwww!!」と言えばいいらしい。こわいかもしれないけれど、まずは自分が自分を大切にすることがいつも一番大事だと思う。

 

 

f:id:team-0:20180219121758p:plain

 

 

 空気を読みがちな空間に染まれば、自分の怒りを果たしてどう出せばよいものやら、となることは多い。相手との信頼関係が、その場の空気が、などと考えて腰が引けてしまう。なるべくまあるい気持ちになって言うと、そんな想像はぶっ壊したいと思う。怒ったあなたは美しい。自分が感じたことを、ゆっくり、しっかり、相手の目を見て話せば、伝えたいことは伝わる。それでも関係がこじれた時は単純に自分の力不足だと深く反省することもあるが、反省してまた自分を見つめなおせばいいのだと思えば、幾分か晴れやかな気持ちになる。

 

 

f:id:team-0:20180220173451p:plain

 

 

 喜怒哀楽とは本来、清々しい。それを隠したりねじ曲げたりするから「お前どんな顔してんだよ!」と言いたくなる。経験上、つくった笑顔はすぐバレる。笑みはつくれても全体の不自然さは隠せない。だから、笑いたくない時は普通の顔をしていればいいし、「久しぶり!元気?!」と聞かれたら「普通です!」と答えるのもありだと思う。一年ほど前から普通ですと言うようにしたらすこぶる気分がいいことに気づいた。言ったあとに気分がいいのは「本当のことを話せることができた」と感じるからだと思う。

 

 

f:id:team-0:20180219122105p:plain

 

 

頬は痛いが、ビンタをした直後にキャッキャしている人を見ると「怒りがいい感じに変換されている!」と嬉しくなった。野生動物の業界では己の怒りを外敵から自分の子どもの身を守ろうとするとき、普段以上の力を出すために使うそうだ。太古の怒りは根っこに信念や優しさを宿したものだったと思う。科学の成長はめざましく、日常はますます便利になっているけれど、成長するのは科学だけではない。怒りをもってビンタをすることでテンションあげ!になるような些細な生活技術も、進化をする。それはどんな未来だろうかと思いを馳せる。そこに至る道があるとすれば、いまは石橋を壊して川を泳ぐくらいのことで探求したい所存。

 

 

 

 

 

f:id:team-0:20180219122132p:plain

怒り狂う 想いに裏腹 ビンタあげ└( ^o^ )┐


ガチンコで愚痴りたくなったときはこちらの『怒ってもおっけー!』ダイヤルへかけてみてください。

嘉向徹 08043952258

 

f:id:team-0:20171002175056j:plain

 

【FUK-福岡】自分の人生を自分で漕ぐ喜び。

 年末年始だろうがなんだろうが24時間体制で生きていると、どこからともなく白羽の矢が飛んでくる。臨機応変に動くことはそれなりに大変だけれど、できるだけ応えていきたい性分なのだから仕方がない。実際、何が起こるかわからない【予測不可能性】には面白みを感じるし、全てがわかっている状況はつまらない(時もある)。このブログを書いている今も新潟市は「猛」がつくほど吹雪いている。過去に、校舎を立て直すくらい大きめな地震も経験したし、寒すぎるがゆえに地域全体が停電し学校が休みになることもあった。そのような環境で育ったこともあり、自分の身体には予測不可能であることをガシガシ受け入れる遺伝子が備わっているように感じる。

 

f:id:team-0:20180110191250j:plain

team-0.hatenadiary.jp

team-0.hatenadiary.jp

 

 2017年12月24日クリスマスイブ。「私たちの息子を徹くんに同行させてほしい」と、Uご夫妻からのご依頼で、福岡から単独でやって来た14歳・少年『ヒデ坊』と羽田空港にて合流する。このことのきっかけとなった一本の電話で父親・Tさんは私に言う。

 「息子が学校に行ってないけんさ、ずっっっっと家におるったい。それでね、誰かに預かってもらうのもありかなーと思って考えてたんだけどさ。ちゃんとした人に預けるなら(学校と)同じかなと思ってさ。徹くんはそこらへん、何が起こったとしても、大丈夫じゃなくても、大丈夫っちゃろ?心配はするけどそういう人になら安心して預けられるっちゅーかね。そういうことが必要だと思うんよね。けど、本当に、もし大丈夫だったらでいいけんね!」

このようなぶっ込みが初めての私は了承と確認を繰り返しつつ、内心、いま俺はなにを求められているのだろう、と思ったりもしたけれど別に深くは考えていなかった。(運命よ)来るなら来い、と思っていた。このような経緯でクリスマスイブと14歳少年を羽田空港で迎えることになる。

  

 今回の目標は『ふたりで福岡に帰る』のみでほかには予定がない。夜になってから明日どうしようと考え始めるスタイルで日々に挑んでいく。そんなんだから時折、「(どうしようもないけど)どうしよう」という場面に遭遇する。そんな場面ではことごとく行き逢う方々にめちゃくちゃお世話になり、24時間やってる系のお店にもお世話になった。結果的に彼とは2週間を共に過ごしたが、もしかすると3日程度で福岡に帰っていたかもしれない。

 

 のちにヒデ坊から聞いたのは、この話を親から持ちかけられた際、「徹くんは何をやってるひと?」と親に聞いたところ、「私たちも本当のところはよくわからんのよねぇ...やけど...檻の外で生きてるったい」などと言われたそうだ。それを聞いて彼は、面白そうだと思ったらしい。ご夫婦とは出会って1年、会ったのは3、4回ほどだ。たったのそれっぽっちで息子を私に預けるのだから両親も彼も私も、三者三様に「なんじゃそりゃッッッ...!!!」と自分で自分に突っ込みたい気持ちだったと思う。

 

そのような日々のあれこれを実際は書き尽くせないほどたくさん色々あったのですが、時系列に10こくらいでまとめます。よろしくお願いします!書き切れなかった皆様、本当にありがとうござい土下座ました!

f:id:team-0:20180214211018j:plain

 

1・「安心安全にお返しする」わけにはいかない。

 

 安全に家までお返しする。ひとさまの子どもを預かる系では常識中の常識である。しかし、Uご夫妻は何かしらの事情と気持ちがあってどこぞの馬の骨である私に声をかけてくれたはずだ。その情熱と情愛を、チャレンジしてくれた気持ちを、考えれば考えるほどに安心とか安全を100%保証してほしい訳ではない、という答えに導かれる。私自身、安心安全の道を通ってさえいればUご夫妻にもヒデ坊にも保護者としての体裁は繕える。そういう気持ちが芽生えるたびに、徹の名にかけてそれだけはすまいと、もしするのであれば、ヒデ坊には今すぐ新幹線に乗って自宅まで帰ってもらうことにしようと思った。合言葉は「たいがいのことは知恵と工夫で乗り切れる」だ。

 

2・出会う瞬間は相手(自分)へのサプライズプレゼント。

 

 名前、出身地、肩書きなどを言い合う基本的な自己紹介を大の苦手とする私は、出会い頭にいかにして自分が相手に伝わるかを日々研究している。理想は「嘉向徹です!」とだけ叫んだ後にとりゃーーーっ!と海に飛び込みたい。けれど、悲しいかな、羽田空港に海はない。ということで、空港から出たそのままの足で渋谷駅に直行。ハチ公前でFREEビンタ(徹へのビンタがフリーな初の試み)なるものを開催。ヒデ坊にはカメラを渡し動画の撮影をお願いする。彼がどう受け取ったかはわからない。けれど、はるばる会いに来た相手が出会ったその日に頬をばちんばちん叩かれていく様は彼の目にどう映っただろう。「おいおいこいつバカじゃねえか!」「最初がこれならこれからどうなるんだよ!」と期待と不安まじりに思ってくれていたら幸いです。

 

3・良い経験になるかどうかなんて知らない。

 

 静岡県熱海市のお家にお邪魔しているときのこと。ここ熱海市にはリフレッシュしたり(たまに)寝泊まりするのに大変お世話になっている洞窟がある。ヒデ坊はその日、人生に一回くらいはそこで寝てみようという運びになっていた。日も暮れていよいよという頃合い、なんだか思いつめたようにヒデ坊が私に「あの、洞窟で寝るのって良い経験になりますかね?」と声をかけた。私はこのとき、敬愛するアカギという漫画に出て来た一節を思い出した。『弱気に流れている人間は理に頼ろうとする』である。別に、洞窟に行けと思っている訳ではない。やりたくなければやらなければいい。ただ、彼からの問いに対して、やる前から良いとわかることだけやるような痩せた考えはよせよ、と自戒の念を込めて思った。

 

4・曲の力を借りる。

 

 彼といる期間中に、なんとなくテーマソングを設定する。ウルフルズの「情熱A GO GO」という爽快感のある曲だ。歌詞に

やめちまいたいぜ ケツ割りたいぜ 寝たふりしていたいぜ そうだけど投げ出したくない 熱い心を ぶっ壊したいぜ 抜け出したいぜ 胸を張りたいぜ 裸のまま 本能のまま 熱い心で 

という部分がある。ヒデ坊がこの曲を聞いて、なんだか自分のことみたいだな、と言った。私も自分のことのようだと思っている。

 

5・川の流れのように生きれば困難は遊びになる。

 

 新年明けまして、1月2日。とある方から御歳80歳を超えたおばあちゃまを車で送るために鳥取から静岡までドライバーをしてほしい、と頼まれる。我々は関東から九州を目指しているので全くの逆方向である。しかし、自分のもとへと巡ってきた流れに順じたい性分が圧倒的に上回った。翌日、神奈川からヒッチハイクで鳥取を目指すことにする。喜劇の始まりである。深夜3時、目的地に到着。最高級温泉宿とジビエ(天然の野生鳥獣の食肉)を二泊三日にわたりありがたく頂戴する(次は自分がイノシシに食べられることになってもいいと思うくらい爆食いした)。いざ、レンタルした車で鳥取を出発。依頼主でありおばあちゃまの娘さんであるMさんを京都へお送りする。再度、出発。車内ではおばあちゃまから「今この車はどこへ向かっているの?」と聞かれる。「自宅へ向かっていますよ」とヒデ坊が答える。数分後、「今どこへ向かっているのかしら?」と聞かれる。「今鳥取の温泉宿から熱海の自宅へ向かっていますよ」と徹が答える。2時間に一度はトイレに立ち寄り、その度におばあちゃまの安全を確保するべくヒデ坊と協力する。深夜1時、熱海に到着。無事におばあちゃまをご自宅までお送りし終え、ヒデ坊と互いをねぎらい合う。

 

6・究極、理由がなければやれない

 

 熱海から再度、九州を目指す。ヒッチハイクをするためにサービスエリア(SA)まで自力で行ったものの、私は忽然とやる気を失くした。気が抜けたのかヒデ坊も昼寝をする。6時間ほどごろごろしたのち、SAを出て最寄駅まで歩いた。私がやる気を失くしたのは、私が率先してヒッチハイクをやることはヒデ坊にとって「何もしなくても目的地へ移動できる」という点に置いて、彼が新幹線に乗るのと変わらない、と思ったからである。自分よりも年上の、技術も上の私とヒッチハイクすることほど冷めることはないと思う。一見、アドベンチャーのように見えるけれどこれは全くの別物だ。表面上一緒にやると言っても技術の差が大きすぎると【協力】にはならず、一方が引っ張り、一方は引っ張られる構図【引率】になる。究極、自分がやらなくても自分のことがどうにかなってしまう現実。人間のチカラを奪うのはこれだ、と思う。だから、ヒデ坊がやりたければヒッチハイクでもいいし、そうでなければ新幹線とか飛行機で帰ってもいい。などとやりながら考えたことをヒデ坊に話しながら夜道の茶畑を縫って歩いた。

 

7・心配の正体は、あなたが『大事』ではなく『面倒』

 

 電車に乗り、静岡駅にやってきた。時間的に今夜はこの街で夜を明かすことになる。24時間やっていて寝ることもできるインターネットカフェは便利だけれど、18歳未満は夜8時以降とかは入ることができない場合が多い。ヒデ坊がネカフェの受付で入場を断られたとき、心底、彼を置いて自分はネカフェに泊まらなければならないと思った。彼が今夜味わうであろう体験が今後の彼の背中を押すことになるかもしれない。私の場合、「ここでヒッチハイクできなきゃ、今夜はサービスエリアで夜を明かすことに...いやだー!どうすればいい!考えろ!知恵を出せ!工夫しろ!」という具合で、初対面の相手だろうがなりふりかまわず本気の笑顔を繰り出し、身体全体で「よろしくお願いします!」と発する。一方で、野良猫たちと一緒に夜を明かしてもおっけーとのんびり何もしないことも全然ある。実際の体験だけが自分の正念場はどこかを教えてくれる気がする。

 とか思いながらも、私はヒデ坊を置いていくことができなかった。見知らぬ街で過ごす14歳の夜を心配することが心の底から面倒だ、と気づいたからである。それで彼も泊まることができる場所を勝手に探し、タクシーに乗り込み、速攻で向かった。自身の安眠のため、ヒデ坊に訪れたチャンスを奪うつもりで奪った。

 

8・女神降臨。

 

 夜が明け、私たちは愛知県刈谷市へ移動する。新年会が行われるMさんの新居に一晩泊めてもらえることになったのだ。MさんとMさんの旦那さんとふたりの大学時代からのご友人たちと過ごす時間はとても楽しく、気楽で、まさに極楽浄土である。前から友達だったかのようにヒデ坊に接してくれた皆様には本当に頭が上がらない。満腹になり心もほぐれ、ヒデ坊は和室の布団で、私はリビングのベッドでそっと目を閉じる。十分な休息は心の余裕をつくってくれる。余裕があるとなんでも平気に思えたりするものだ。明日からも色々あるかもしれない。けれど、全然おっけーです!!と思って寝た。

 

9・自分の人生を自分で漕ぐ喜び。

 

 今日こそは何かしらの方法で九州を目指そうという朝。 ヒデ坊が私に「徹さん、あのですね。やっぱりヒッチハイクしないままだとですね。家に帰れないなあと思いまして。それで、ヒッチハイクやってもいいですかね。」と言う。もちろん快諾し、Mさんにお願いして最寄りのSAまで送ってもらった。室内待機をする私に行ってきますと一言残し、ヒデ坊は颯爽と外へ行く。しとしとと雨が降っていた。

1時間半後、ヒデ坊から「見つかりました」とLINE。速攻で「ありがとう!おめでとう!すぐ行くね!」と返す。急いで荷物をまとめていると、なぜかヒデ坊がやってきた。「(車が待っている)場所がわからないかと思って!」と目をキラキラさせて私に言う。準備が整い、私たちを待っているであろう車へと向かう。ヒデ坊が先を歩く。「こちらです!あの黒い車です!」と嬉しそうに私を導く。車へ近づくと運転手の方が降りてくる。ヒデ坊がささっと私と運転手の間に入り、その方に向かって「〇〇さん、お待たせしました!この人が一緒にヒッチハイクをしている人で徹さんと言います!」つづけて私に向かい、「徹さん、広島まで乗せてくれることになりました〇〇さんです!」と言う。この間、ヒデ坊は終始、見事なまでの『ドヤ顔』だったことをここに断言したい。俺がこの場を回しているんだ。俺を中心に世界が回っているんだ。という心情があらわになった、世界標準のドヤ顔はこれか、と思うほどわかりやすいドヤフェイスをまざまざと見せつけられる。

 

10・気持ちの良い疲れほど心を豊かにするものはない。

 

 てっぺんを周り深夜3時、ヒデ坊の実家の近くのSAに到着する。4台の車を乗り継ぎ、雨にも濡れ、車内でもふたりして喋りまくり、山口県の山あいでは車に声をかけるために吹雪の中を走り回り、超絶眠たかった最後の車中ではそれはそれはあつ〜くネットワークビジネスに勧誘された。乗せてくれた方にお礼を言い、私たちはSA内の売店でジュースを購買し、乾杯する。

徹「これからどうする?」

坊「家まで歩いて行きましょう!」

自宅まで二時間の道のりを歩む。

 

11・『ラストラン』

 

坊「んは〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

徹「そんな声だしてどうしたの?」

坊「いや〜〜なんか、疲れてるんですけど、疲れもいいな〜って、手も冷たいし寒いんですけど、寒さもいいな〜って、めっちゃ眠たいんですけど、この眠たさもいいな〜と思ってですね。」

徹「それはすごいね!俺はいま歩くのが超面倒くさいと思ってるよ」

坊「だって今日の朝、僕たち愛知にいたんですよ?それがいま福岡まで帰ってきたってすごくないですか?」

徹「それもそうだけど、こないだだって一日で神奈川から鳥取とか、鳥取から静岡とか移動したじゃん。それと同じじゃないんだ?」

坊「う〜〜ん、それは徹さんがヒッチハイクするのを後ろから着いて行ったり、徹さんが運転してくれたりしたじゃないですか。今日はそれとは違って自分でやったというか、今朝ぼく、徹さんにヒッチハイクやって帰りたいって言ったじゃないですか。それで、自分で声をかけて、乗せてもらってきたからというか」

徹「うえええい!それはほんとによかったね!」

坊「はい、、、あ〜〜〜〜いや〜〜〜〜〜〜」

徹「ヒデ坊、いま相当いい声出てるよ」

坊「あ〜〜〜なんかいまですね、いま...すべてがいい感じに見えます」

 

12・後日談

 

早朝だというのに、息子の生還を知ったUご夫妻は一家総出(ヒデ坊は弟が3人いる)で迎えにきてくれた。家から徒歩10分くらいの距離を最後は父の運転する車で、家族全員で帰った。私はUご夫妻からいただいた別のお仕事もあり、そのまま一週間ほどヒデ坊の実家に滞在した。Uご夫妻曰く、ヒデ坊は変わったらしい。私にはあまり変化のないように感じるが、かなり明るくなったそうだ。行きつけのカフェの顔馴染みの店員さんからも「こないだまで子どもだったのに、社会人みたいになったね」と言われたりもしたらしい。極めつけに、平日の昼下がり、基本学校に行っていないヒデ坊が、家中に聞こえるような声で歌いドタドタと踊り、汗かいたわ〜と言ってシャワーを浴びているのだ。私がその光景を見て、ヒデ坊のお母さんに「これは、家ではいつものことですか?」と尋ねると、お母さんは「ううん、初めて」と微笑んだ。

 

f:id:team-0:20180214211742j:plain

f:id:team-0:20180214211821j:plain

f:id:team-0:20180214211848j:plain

f:id:team-0:20180214211937j:plain

f:id:team-0:20180214212009j:plain

f:id:team-0:20180214212037j:plain

f:id:team-0:20180214212136j:plain

f:id:team-0:20180211120751j:plain

f:id:team-0:20180214212213j:plain

f:id:team-0:20180214212246j:plain

すべてがいい感じに見える└( ^o^ )┐


あんな風にところかまわず歌っているところを見ると、完全に私の影響を受けてしまったと確信せざるを得ない。が、それはきっと受け売りではなく、彼自身がフレッシュな感情を伴いながら実際の体験を通して咀嚼したものだろうと思いたい。

 

 ここまでお読みいただきありがとうございます。相棒の保科さんと『team-0(ちーむぜろ)』や『Rozé company(ロゼカンパニー)』という名前で曲がりなりに曲がりながら色々やっていて、今回の件はRozé company で【チャイルドエスケープ】というメニューをご依頼いただいた感じとなります。素人なりの温かさがウリの我々ですが、奇跡的に連絡してみたいと思われた方はこちらのURLへ飛んでみてください。

https://www.team-0.net/yuryoshigoto

 

 なにかしらの方法でご応募くださった方には70万時間以内に徹の「情熱 A Go-Go アカペラボイスメッセージ」を贈らせていただきます。

www.youtube.com

 

f:id:team-0:20171002175056j:plain


 

 

クオリア×クオリアのクオリア ー 何を経験しても、何歳になっても驚きは終わらない。

関東も北陸も大寒波が押し寄せているらしい。この機会に『懐が寒いのでカンパください☆彡』と書いた看板を持って雪の街を歩けば、自分の懐は寒いままでも行き交う人たちはクスッと少しでもあたたまってくれるだろうかなどといつもの妄想を繰り広げつつ、やはり、携帯の画面から伝わってくる温度と実際の寒さや厳しさは全然違うものなのだな、と改めて思う。実際に雪が肌に触れることと、テレビで大雪のニュースを見ることは違う。当たり前だけど、この小さな真実が嘉向徹の身体を生きる方へと誘ってくれている。

 

f:id:team-0:20180130135240j:plain

(『FREEおかゆ』についてはまた後日...)

 

ブログのタイトルにもなっている『クオリア』はyoutubeで茂木健一郎さんの動画を漁っていた時に初めて知った言葉だった。講演会の中で茂木さんが「物理的な世界は有限でもクオリアの世界は無限だ。」と言っていたのを聞いて、全徹が震撼した。

 何年か前にそういうことがあり、今現在も未知のクオリアを探して日々を過ごしているのですが、今日はそのクオリアについて触れたいと思います。このブログを通して「ああ徹はこんな感じで生きているんだぬはあ」となんとなく勘付いていただけたら幸いです。14歳の徹と、27歳の徹の授業形式でいきたいと思います。よろしくお願いします。

 

徹14歳「よろしくお願いします!」

徹27歳「ほあい!」

徹14歳「えーーっと、徹さん、クオリアって何ですか?」

徹27歳「クオリアは日本語では感覚質と訳されていて、赤色を見たときの『赤い感じ』や、海を見たときの『海の感じ』など、言葉や機械的な数値で表すことのできない感覚、意識の中で感じる質感を表す概念のこと、、だと思います。基本的に脳みその中のお話です。」

徹14歳「へー!感覚の質感...のあたりが全然意味わかんなかったです!」

徹27歳「おっけぃ徹くん、それじゃあ、、、、海に飛び込んだあの夏を想像してみてほしい。まず、僕たちは海に向かって自転車を漕ぎまくっているとしよう。」

徹14歳「わかりました。超漕ぎます!」

徹27歳「日差しがじりじりと肌を焦がす。汗が滝のようにしたたりまつ毛を滑る。なま暖かい風に襟足がなびく。潮の匂いが海が近いことを知らせてくれる。自転車から降りて、ビーサンをペタペタと鳴らしながら駆け寄り、自分の23倍も大きいテトラポットに立って海を覗き込む。緑と青の揺れている透明の底が見える。目線を上げて、入道雲めがけて蹴り出した右足の指先で表面のザラザラを感じる。どこまでも飛んだつもりの勢いで海に向かって落ちていく。想像以上に硬い海面にぶつかる。その衝撃とともに、冷たくて柔らかい海に全身を包まれる。ボコボコという泡の音が水を伝って聞こえる。嗚呼、気持ちE...」

徹14歳「嗚呼、気持ちE...」

徹27歳「なんとなく想像できたかな?」

徹14歳「はい...」

徹27歳「これ、全部クオリアです。」

徹14歳「ぜんぶ?!」

徹27歳「たぶんぜんぶ!!ただ、とっても大事なことは『実際に味わってみること』だと27歳の時点の俺は思っているぜ」

徹14歳「俺(彼)は13年間で一体なにを味わったんだろうか...」

 

休み時間・・・

 

徹14歳「全部クオリアってことはテトラポットもクオリアってことか。あの、じゃあブログタイトルはテトラポット×テトラポットでもいいんですか?」

徹27歳「ブログタイトルはテトラポット×テトラポットだと嫌だな。長くて。テトラポットにもクオリアはあります。ザラザラした感じとか、潮にさらされたコンクリートの感じとか、貝がへばりついていた形跡がある感じとかあるでしょ?」

徹14歳「テトラポットのテトラポットっぽさがテトラポットのもつクオリアってことですか?」

徹27歳「筋がいいじゃないか徹少年ーー!!テトラポットに触れた時に感じる、海育ちの僕たちが感じてきたテトラポット感がテトラポットのもつクオリアってことになると思う!たぶん!」

徹14歳「なるほど、だんだんわかってきたような気がします。それで、冒頭でクオリアは無限、って書いてましたよね。それはどういうことなんですか?」

徹27歳「...着眼点が素晴らしい。『ちゃくがんてん』て知ってるかい?目の付け所が素晴らしいと言っているんだ。そこについて説明しよう。例えば、クオリアAとクオリアBがあったとする。」

徹14歳(『着眼点』くらい知ってるんだが)

徹27歳「この二つのクオリアAとBを合体させる。するとそれはAでもBでもないものになる。全く別物のクオリアCになるんだ。コーヒーにはコーヒーの感じ、牛乳には牛乳の感じがあるよね。でも、それらを足したコーヒー牛乳という飲み物はコーヒーのクオリアと牛乳のクオリアを足したものにはならないだろう?コーヒ牛乳のクオリアになるんだ。掛け合わせると全くの別物になる。これこそがクオリアのもつ無限の世界観なんだ。」

徹14歳「ちょっと興味が出てきました!それじゃあ、、」

 

キーンコーンカーンコーン・・・

 

徹27歳「はい、じゃあ今日はここまで。俺は英語の先生とランチをしてくる!創造的人生の持ち時間は10年だ。芸術家も設計家も同じだ。君の10年を、力を尽くして生きなさい。じゃあな徹少年!」・・・おしまい

 

クオリアは世界のあちこちに存在していて、世界は様々なクオリアに満ち溢れている。でもその実、クオリアは自分の中にあって、外にはない、と思う。海が怖いという人もいれば癒されるという人もいるように、クオリアは『物体』ではなく、それぞれの『人(心)』に属している。

 

  

外の世界に触れれば触れるほど、そこには自分の内側が広がっていて、自分の内側に触れれば触れるほど、世界は無限に誕生する。新聞とかテレビとか地震とか教育現場とかそんなものを見てきて「この世界は有限だなあ」などと思ったこともあったけれど、それでも世界は無限でいてくれるらしい。無限でいてくれてありがとう。

 

科学も愛もコミュニケーションもまだまだ成長と成熟、崩壊と創造を繰り返していくとしたら、まだまだ何が起こるかわからない。何を経験しても、何歳になっても驚きは終わらない。世界は内側に満ち溢れている。

 

f:id:team-0:20180130161033j:plain

世界は【クオリア=内側】に満ち溢れている└( ^o^ )┐

 

おすすめなのですが、100分あります!!

www.youtube.com

 

f:id:team-0:20171002175056j:plain

 

【HND-横浜】最近のあれこれ〜さすらいのお勉強野郎〜

僕の名前は嘉向徹

きままなフリーターだ。

f:id:team-0:20171109191244p:plain

 

静岡でのおべんきょうを終え、多少の体調不良から情けなくも電車に乗り神奈川県横浜市へとやって来た。ここにはごちゃまぜの家という名前の一軒家があり、そのお家に一週間ほど滞在させていただいた。ゆるりとした昼下がりに知らない人が訪れたり、庭にある柿の木に登ったり、外に張ってあるテントで寝たりと、それはそれはとても快適に過ごした。

 

ごちゃまぜの家というのは老人は老人ホーム、子どもは保育園・幼稚園というように、それぞれの居場所を分けること【世代分断】に疑問をもった(それ以外にも500こ理由があるらしい)坂爪圭吾さんという方が営み、主宰しているお家である。

 

それでは最近思ったあれこれをまとめていこう。よろしくお願いいたします!

 

 

 

1・美味しいは嬉しい

最近は毎日なにかしら料理を作る。玉ねぎを切っていた時【食材持ち込み式レストラン】というのを思いつく。「なんだか手料理が食べたい、でも自分で作るのは大変だなぁ。」そんな時にお役立ちしそうだ。食材を持ち込んでもらい、その時のあなたの気分に合わせて僕が調理して0円でご提供する。本来であれば自分の気分に合わせて自分が作らなければならなかったお料理を、自分の気分に合わせて他の人が作ってくれる。これであれば、大して美味しくなかったとしても嬉しい気持ちになれるかもしれない。嬉しいと、美味しく感じるのが人間である。

 

 

2・元気は振り絞るものじゃない

一度もやったことのなかったビリーズブートキャンプをやる。2004年に流行った昔懐かしのエクササイズが今、ごちゃまぜの家で爆裂に流行中なのである。滝のような汗をかいた僕たちにビリー隊長が「スクイーズ(振り絞れ)!」と笑顔で厚かましく語りかけてくる。一瞬勘違いして胸がはりさけてしまいそうだが、隊長が振り絞れと言っているのは元気のことじゃない。筋肉のことなんだ。

 

 

3・毎日の温泉が目標

春夏秋は海が好きになり、冬は温泉が大好きになる。この頃、できれば毎日温泉に浸かれたらいいなあと思っていて、どこへ行ってもグーグルマップで「日帰り温泉」と検索する。おすすめのところがあったらぜひ教えて欲しい。ここ最近では徳島にある祖谷温泉のケーブルカーで行く露天風呂が一番印象に残っている。次はどこかな〜あはあはははは。

 

 

4・生きるというスポーツ

周囲の人や新聞やテレビやインターネットを介して、どこからともなく「あなたも私のように一人前になりなさい」というメッセージが送られてくるように感じる。しかし、もし生きることがスポーツだったら「生きるってチームプレーだろ!」と言いたい。チームプレーに必要なものは自分は一人前だと踏ん反り返る事ではなく、相手の立場や気持ちを想像し、協力しあうことだと思う。

 

 

6・頑張らない努力

部活をやめるとか、学校へ行くことをやめるとか、仕事へ行くことをやめるとか、他人の期待に応えることをやめるとか、何かを頑張らないということには【(自分を保つ)努力】と【(感じたことを実行する)勇気】が必要になると思う。だから、頑張っている人が頑張っていない人に向かって「お前も頑張れ」などと言っている場面に遭遇すると、頑張らないことを頑張っていない人なのだな、と感じることがある。頑張る道も頑張らない道もだいたい同じだ。

 

 

7・ヘルシンキと新潟の曇天

ユーラシアプレートを挟んでざっくり対岸に位置する新潟とヘルシンキ。この二つの場所にごちゃまぜの家を発掘する命を授かった。突拍子もないけど、突拍子もないからいいなぁと思う。新潟には日本海がヘルシンキにはバルト海があり、どちらも少しでも山あいに行くと超絶寒いようだが海の近くではそこまで寒くならないらしい。そして、関東が晴れる数だけ雨が降る新潟に負けず劣らず、ヘルシンキの曇天もかなり分厚いと聞いた。どうやったら二つの場所にごちゃまぜの家を発掘できるだろうか。今はわからない。突拍子もない手順を踏むことになるだろうけど、雨垂れ石を穿つようにやりたいと思う。合言葉は「涙の数だけ強くなれるよ」である。

 

ついに、LCC(ローコストキャリア)Peachにて大阪ー新潟便が就航した。新潟空港は東区にあり、佐渡ヶ島へのフェリー乗り場は中央区にある。このあたりで「ごちゃまぜの家」をいただきたいと思う。

 

8・ごちゃまぜの車 

大切なひとの大切なひとから自分が譲り受けた車をごちゃまぜの家の共有財産「ごちゃまぜの車」と称して0円大開放することに決めた。運営は坂爪圭吾さんにお願いしたい。「車中泊してみたいけど、そのために車を買うのはハードルが高いし...」とよく聞くけれど、そんな人にはもってこいの、否、そんな人には(二の足踏まずに車中泊)行ってこい!のアイデアかもしれない。お金がまとまり次第、速攻で新潟に置いてある車を車中泊専用に手入れをする予定でいるが、不肖、嘉向にはお天道様に誓って、なう、お金がない。どなたか改装とメンテナンスにかかる費用を差し出してくださる方はいるだろうか。内容と金額の詳細を改めて出そうと思う。そんなこんなで「ごちゃまぜの車」に興味のある方はどなたでもお気軽にご連絡ください。約一年間で地球1周半分の道のりを何も言わずに連れ添ってくれた愛車、ファミリアバン。これからはきっと誰かの愛車になる。

 

9・だれのことも救わないし、だれのことも巻き込まない

問題を解決したいと思わない。地域を盛り上げたいと思わない。誰かを救いたいと思わない。人を巻き込みたいと思わない。繋がりたいと思わない。地方の魅力を創出したいと思わない。ひとのせいにしたいと思わない。ひとことも言い訳したいと思わない。心を通り抜ける風に吹かれ、てくてく歩き、勝手に生きて野に垂れるように死ねたらと思う。

 

10・嘉向徹 26歳。

11月24日生まれ。射手座。好きな動物は狼とシャチ。推薦で受かった大学を入学前に自主退学し最終学歴は高校卒。以来、数々の職業的なものを転々とし、目下人生勉強中。しゅみ、おべんきょう。好きな言葉「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」。心身ともに至って健康。道行く車に親指かかげ、ヒッチハイクで新潟へ行く。将来、日本を...     いや世界を救う男(かもしれないし明日死ぬ)かも    しれない。

 

 

f:id:team-0:20171109185910p:plain

 

 

f:id:team-0:20171109190808p:plain

 

 

【最近のあれこれ、動画ヴァーーージョン】2ふんくらいあるよ

 

 

f:id:team-0:20171002175056j:plain

生きるってチームプレーだ。


 

ヒッチハイクオリア ー どんな今でも、この時点から肯定する。それがいつだって切り札になる。

長野から静岡へ移動しようという日の早朝。なぜか、木々の凍る浅間山を登っている。スーパーマリオの裏面行くための隠し扉みたいなものが山頂にあるかも、しれないだけでもちろんなかった。(ナイスチャレンジ!)

 

今日のトールルート

f:id:team-0:20171101155142p:plain

 

「なんとしてでも今夜中に静岡にたどり着く。」そう心に誓っていざ出発。浅間山の山頂にあるホテルの大きな駐車場にはお目当の静岡ナンバー(目的地である静岡ナンバーの車が乗せてくれたらフィニッシュ!と最初から最高な絵図を描いている)は停まっておらず、友人の車でひとまず下山して国道へ。そして始まっていく人生史上一番きつかったヒッチハイク道。本編に入る前に、おさらいしておきたいのはこの時携帯の回線がストップしていたということで、今でこそ「こんな地理だったのか!」と納得するが、ヒッチハイクの最中は周囲の地理がわからないとかなりご苦労するぞ。

 

鬼門その1・山奥のインターチェンジ

f:id:team-0:20171101161150j:plain

 

長野の下道を1時間ほど乗せていただいたお兄さんにお礼を言い、降り立ったのは長野県の山奥、岡谷インター手前の駐車場。このインターから高速に乗って静岡方面に行きたい、という局面。

 

f:id:team-0:20171104162838j:plain

16:00

あたりはもう薄暗い。列をなした車が山奥のまっすぐな道路をかなりのスピードで走り抜ける。この道に慣れ親しんだツワモノ揃いの行列だ。

 

思いつく限りの場所に陣取って親指を上げる。が、なかなか車は止まらない。肝となるのは高速直前の交差点。渋滞を避けるためだと思うけれど、トンネルを抜けてきた車は信号が赤でもノンストップで曲がっていくことができる仕組みだ。つまり、ツワモノたちはブレーキをちょいと踏みながらスーパースピードで交差点に侵入し、どんどこ高速に向かう。そんなこんなでヒッチハイクを始めて数十分、よくよく観察していると運転手の方に目を合わせてすらもらえていないことに気づき「可能性0じゃん...」と悶絶する。

 

次に陣取ったのは上の画像の赤いポイント。トンネルを出てきた車が道端にいるヒッチハイカーに気づき駐車場に入っていくという寸法だ。暗い山道では運転手の視界もきっと狭い。なんとか車のライトが自分に当たるように、姿勢を低くして健気に左手の親指を大きく掲げる。不良のような座り方では心象がきっと悪いので、プロポーズをするときのように紳士にしゃがみこむ。

 

しゃがんだ姿勢のまま振り返り、駐車場に車が入るのを目視したら、すぐにPCやカメラ等機材が入っている大事だけど超重たいケースを抱え車に向かってダッシュする。速攻で話しかけるもほとんどの車から「松本方面なんですよねぇ。。」と言われる。というか、ヒッチハイカーを乗せるために駐車場に停まった訳ではなくタバコとかトイレとかそういう用のためだった。こりゃダメだ、とわかり次第ダッシュでトンネル脇の所定の位置へと戻り笑顔でサムズアップ。走る・喋る・走る・笑う・走る・喋る・走る・笑う...こんなことを繰り返していて心身共に疲弊してきた時に、ふと「おれは走るためにヒッチハイクしてるんじゃない!」と心に浮かび、泣きそうになる。そうだ!と何度も心に喝を入れ、俺は今静岡に向かって走っているのだ、とイメージしながら走っていると自然と笑顔になる。

 

20:00

怪しげな男が駐車場に止まる車全台に声をかけまくる事案が発生しているが、人からどう思われるかを気にしていたら何も始まらない、と心底で思う。そして、最終的には「ごめんね、そっち方向じゃないんだわ」と丁重に断られたにも関わらず「そこをなんとかお願いします!!!!」と頭を下げるまでに至り、ついに「しょうがねえな。今仕事中だけど乗せてってあげるよ。乗んな。」と満面の笑みを浮かべたおじちゃんが乗車させてくれる。

 

諏訪湖サービスエリアにて降ろしていただきひとりご飯を食べる。寒さでガチガチだった足先、手先まで豚汁が染み渡った。トイレに行くと(このSAに来て早速声をかけたけどダメだった)老夫婦と出くわす。奥さんは旦那さんの腕に捕まって歩いていて目があまり見えてないようだ。奥さんが「ごめんねぇ、悪いねぇ」と言うので「そんなことはありません!こうしてお話させていただけるだけでとても嬉しいです!」と返す。品のよい仲睦まじい老夫婦で(旦那さんはヨレヨレの白いランニングを着用していたけど)見とれてしまった。うーん、心まであったまりますなぁとほのぼの。

 

トイレから出ると軽自動車に乗っているおひとりの女性を目視。ナンバーは所沢(埼玉)「ひとりだし一応方向も一緒だけど99%断られるだろうな」と諦めた直後「いやいや声かけなかったら100%乗れないのだからこの小さな可能性の芽を自分で摘んだらあかん!」と喝を入れてなるべく優しくゆっくりめの語調で声をかける。彼女からの一言目で「怖い人ですか?」と聞かれ、予想してない言葉に一瞬??となったのだが、なぜか咄嗟に「ぼくも怖いです。」と答えていた。すごく正直な言葉だったなと思う。彼女は「運転下手くそですけどそれでもいいなら。」と乗せてくれた。しかし、ハンドルを握ると豹変するタイプだったのか、早口で「私今岐阜にいる彼氏に会って来たんすけど、埼玉からそのためだけに岐阜に行くのマジキモくないっすか?しかも彼氏いっこ下なんですよねーマジキモくないっすか?」と、どんな意味合いで使っているかわからない『キモい』を連発しながら、時速120kmでかっ飛ばす軽自動車の助手席はマジで怖い。「怖いよ」と伝えると、彼女は「120kmってほんとーに捕まるんすか?まじありえないんすけどー!」と明後日の方向に返事をしながら前方を走るトラックを煽っていた。

 

24:00

そんな彼女と山梨県にある双葉サービスエリアにてお別れする。思った以上にここは車のいない場所だ。24時、それでもなんとかなって欲しい気持ちに願をかけてカツカレーを食べる。誰もいない深夜のサービスエリアはとても物寂しい。でも、高速道路を車が走り抜ける音は聞こえる。この時間帯でもお仕事をしている人たちがたくさんいるのだ。俺も頑張らねば、と思って目を閉じる。閉じた瞬間に寝た。(今日中に静岡に着きたかったけど、おっけー!)

 

9:00

ザーザーと雨が降っている。傘はないけどどうにかしよう。むくっと起きて歯を磨いて髭を剃って身だしなみを整える。まずは印象から、大事だね。大切なケースに雨が当たらぬように自分の服を着せて抱え込む。

 

鬼門その2・双葉サービスエリア

f:id:team-0:20171104220848j:plain

 

屋根の下にベンチがありそこに座って車が来るのを待つ。車が来たら駆け寄ってナンバーを確認する。数十台見ても静岡や静岡より更に西のナンバー(浜松・豊橋・三河・岡崎)は見当たらない。それならば、とほぼ東京方面へ行くであろう車に片っ端から声をかけ「奇跡的に次のインターで降りて静岡方面に行きませんか?」と尋ねる。当然だけど、ここから静岡に行く人はそうそういないようでことごとく断られる。ちなみに話しかけるタイミングは運転手が車の近くにいる時か車に乗っている時のみで、そうじゃないと誰がどの車に乗っているかわからない。タイミングを逃すと、話しかけたかった車がすでに出発していなかったり、運転手が戻って来るのをただひたすら雨に濡れながら待つ(そしてあっけなく断られる)ことになるのでとにかく元気よく走るのだ。

 

雨に濡れ水も滴る浮浪者となったからかたくさんの人にあしらわれる。目すら合わせてくれない人。「無理」とだけ言う人。目を合わせた途端、窓越しに手を横に振る人。「色々寄るところあるんで」となんだか本音じゃないような人。その全てのみなさまに「お気をつけて!」と笑顔で挨拶し、速やかに雨宿りのベンチに戻る。ひたすら雨は降り続き止むことはなかった。

 

身も心も雨に濡れた心境でそれでもやけくそでニカっと笑い、ドライバーさんに誠意を込めて話しかける。「営業やってたサラリーマン時代よりも営業してるぜ〜〜!!」とテンションが上がる。「肩書きのない自分を売り込むぜ〜!!」とアゲアゲヒッチハイクを続けていると、先ほど声をかけて断られた人が逆に声をかけてくれた。「にいちゃん、これ使いな。」渡されたのはビニール傘だった。神さま。マジで本当に、マジで本当にありがたい。ありがとうございます。ご先祖さまありがとうございます。大切で重たいケースを地面に置きそっと傘をかける。片手に傘、片手にケースを持つと雨の入射角的にケースが濡れてしまう。自分は濡れてもおっけーなのだ。

 

15:00

そして、15時を過ぎた頃、ついに静岡方面に行く車に乗せてもらう。静岡までは行かないけれど、駿河湾沼津SAという静岡までもうすぐのところまで乗せてくれることになる。運転手の方は男性で僕の父と同じ年齢でよく喋る。「いやー俺個人で大工やってるんだけどさ、東京の社長がこないだ8千万で長野の白馬で買った家と土地を手放したいって言っててそれが1千万でも買い手が見つからないらしんだよな。でさ、売るためにリフォームしに行ったんだけども、二階の水道管が凍結で破裂して漏れ出した水で床が腐ってもうどうしようもねえってか、空気入れ替えるためにたまには行ったらいいんだけどよ、半年間も放ったらかしにしてるもんだからさ、そんなんじゃどうしようもねえよなあ。」こんな調子でその社長の彼女が現役のアイドルだとか、熱海や伊豆には放ったらかしになっている別荘がたくさんあるだとか、たくさん話してくれる。家族のことについて聞くと「息子は亡くなったんだけどもさ、娘二人はもう嫁に行ったよ。今は奥さんと二人。」そう言ったあと、お父さんは黙ったままだった。10分くらいだっただろうか、何も聞かず何も言わない時間がなんとなく心地よく、窓の外の景色は過ぎ去っていく。「人間生きてりゃ色々あるぜ〜〜!!!」

 

17:00

駿河湾沼津サービスエリアに到着する。残りの体力も少なく静岡での大事なおしごとのリミットもそろそろ限界ということもあり、もはや見境なく運転席で寝ていた方すら声をかけておこす。それが功を奏し、到着してから約3分。静岡まで乗せてもらえることになる。

 

19:00

体調、悪化。

所持金、二千。

目的地、到着。 

 

 

ヒッチハイクに限らず、肩書きのない生活を続けている。肩書きがないとあからさまに冷たくあしらわれることもある。でもそんなことで落ち込んでいる場合ではない。お金を持って肩書きを持って綺麗な服で自分を飾るよりも、今のこの時点から自分を自分で肯定していく場合だと思う。どんな今でも、なんもなくても、この時点から肯定する。それがいつだって切り札になる。

 

f:id:team-0:20171105003900j:plain

馬鹿は生きなきゃ治らない└( ^o^ )┐





 

 

 

 

 

f:id:team-0:20171002175056j:plain

 

 

【MMJ-長野東御】最近のあれこれ〜さすらいのお勉強野郎〜

僕の名前は嘉向徹。

きままなフリーターだ。

f:id:team-0:20171028111443j:plain

仙台でのおべんきょうを終え、今は長野県東御市に来ている。ここ東御市では今、「天空の芸術祭」なるものが開催中で、あるものは広い公園に、あるものは道端に、町のいたるところに作品が展示してある。その芸術祭に参加している敬愛する諸先輩であり友人のアート作品の制作を(勝手に)お手伝いをしながら暮らしている。最近思っているあれこれを一つにまとめると、「お風呂が大好きだ」ということになるのだけど、10個に分けようと思う。

 

1・やればやる気が出る

やる気とかやる意味とか意義とかを一旦片隅に置いて、まず、やり出すことは最高だなと思う。ぴょんとやり始めるとやる気が湧いてくる。結果がどうであれ、頭に浮かんだことを想像のままで終わらせずに【実際にやる】という体験はいつまでも自分の背中を押してくれる。

 

2・まとめる ⇔ とっちらかす

今まで全くと言っていいほどまとめて来なかった、いわゆる自分たちの”やっていること”。一般的な社会においては自己紹介が難しい、肩書きもなければ決まった収入もないやり方。人と一緒に計れないものさしをホームページにまとめだしている。これからは各地でおべんきょうしたことをホームページにまとめつつ、自分自身はもっととっちらかしたいと思う。

https://kamukitoru2017.wixsite.com/mysite

 

3・新米は羽釜で

新潟県佐渡ヶ島で採れた新米をリアルな火で炊いた。空気、水、夜の静かさ、そのどれもがズレがちの自律神経には効果覿面で、夜の8時に就寝しちゃうほどの環境。そこですくすく育ったお米はなるほどやっぱり美味しいのだ。新米を食べるお茶会的なものを全国の各地でやれたらいいなと思う。

 

4・上半身は裸で

パーカーよりも、Tシャツよりも、裸が似合う男。か、どうかはわからないんですけど「今日のファッションに悩んだら、上裸でいけ!」というメモ書きを携帯に残している。167cm体重75kgのわがままボディが故の苦肉の策かこの冬だけは冬眠せずに徹ヴィジュアル系化計画を実行する心算だ。

 

5・この木が誰かの作品だったら

森や山や海を見ていると、「この木が、山が、海が、誰かの作品なんじゃないか」と思うことがある。もともとこの形ではなかったものたちが、今この形を成しているのだよなぁ。あるのもは太陽の光をより多く浴びるため。また、あるものは大地の栄養と水を吸い上げるために。それぞれが、ぞれぞれで生きていくための機能や形に満ち溢れている。

 

6・未来から来る自分も自分

変わることが怖い、ということを思っていた。もしかしたら今までも、断続的にそう思うことはあったかもしれない。変わることが怖いという気持ちは高いところから海に飛び込むときの気持ちに似ている。足元がフワフワして、太ももの内側がキュっとなり、心でアクセルを踏み、頭でブレーキを踏む。怖いけど怖いまま、足を踏み出すと、「あら、そうでもない」ってね。自分が変わるのは怖い。でも、変わったその先の自分も自分なのだから、未来から来る自分さまよ、どんどん来い!

 

7・一握りのクオリア

僕が生まれ育った新潟の浜辺には砂がいっぱいある。先日、一人でとぼとぼ海岸線を歩いていて、ふと、足元の砂を一握り掴んで手の中からパラパラとほどいた。手のひらから伝わってくる砂のザラザラは僕が小さい頃から感じて来た様々な印象を思い出させてくれ、それは走馬灯のようにブワァッと全身を巡った。今までどれだけこの砂で遊んだだろう。一握りの砂のザラザラの中には僕にとって大切な何かが詰まっている。

 

8・わからないことがやりたい

ノートを目の前に開いて、「ここに自分を出す」と思ってペンを走らせると、一番最初にこう書いていた《わからないことがやりたい》。自分の3つの行動原則として【やったことのないこと・やりたいこと・やりたくないこと、をやる】というものがあるのだけど、そのどれもに当てはまらず、ある意味で、そのどれもに当てはまるな、と思った。結局、良し悪しよりも「これをやったらどうなるんだろう?」という好奇心が日々の原動力だ。

 

9・無理ー!と思う時、無二ー!と叫ぶ

ここ東御市で行われた芸術祭では大変べんきょうになることがたくさんあった。友人が携わっていたのが「人と人の間の事柄を扱うアート作品」で、一方では(多分)複雑なそのまちの事柄をなんとも軽々しく突破していた。僕自身、佐渡ヶ島をうろちょろした挙句、世代間の壁を感じて「無理ー!」と思う時もあるけれど、その光景も、その経験も、そしてその【感覚】も、まさにこれ唯一無二なり、と気づいた。無理ではなく、本当は、無二なのだ。

 

10・嘉向徹 26歳。

1124日生まれ。射手座。好きな動物は狼とシャチ。推薦で受かった大学を入学前に自主退学し最終学歴は高校卒。以来、数々の職業的なものを転々とし、目下人生勉強中。しゅみ、おべんきょう。好きな言葉「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」。心身ともに至って健康。道行く車に親指かかげ、ヒッチハイクで静岡へいく。将来、日本を...     いや世界を救う男(かもしれないし明日死ぬ)かも    しれない。

 


【最近のあれこれ、動画ヴァーーージョン】4ふんくらいあるよ

 

 

f:id:team-0:20171002175056j:plain

今日のファッションに悩んだら、上裸でいけ└( ^o^ )┐